これから書くことが全てではありませんし、学級経営の切り取り方は人により、見方により無数にあるので、ご参考までに!
これが出来てないからといって、学級経営がうまく機能しないなんてこともありません。もし「これいいなぁと思うけど、私にはなぁ」ということも、今から学級に根ざすこともできるので、焦らずいきましょう。南惠介先生は以下の著書で
教育活動の全ては「技術」だととらえています。「技術」は方法が分かり、コツを掴めば誰でも習得することができるものです。
「子どもの心をつかむ!指導技術 「ほめる」ポイント 「叱る」ルール あるがままを「認める」心得」 南惠介、明治図書、2017年
と語っていますので、きっとうまくいく方法はあるはずです。自信のない私はいつもこのフレーズに救われています。
①教師がいきいきしているか
先ほどの書籍で白松先生は学級経営を
学級における担任の仕事の全てに関わる用語
「学級経営の教科書」白松賢、東洋館出版社 2017年
を述べています。この論に基づくのであれば、学級経営の主体は教師であります。その教師に活気がなければ、やはり学級も活気づかないのではないでしょうか。教師の表情が暗くどんよりしているのに、学級の子どもたちがいきいきしているというのはイメージしづらいのではないでしょうか。
多賀一郎先生の「ヒデュンカリキュラム」「風」、三隅二不二先生の「リーダーシップ理論」、堀裕嗣先生の「教師力ピラミッド」など、教師の姿・在り方が学級に大きく影響するとする主張は多くあります。そういう研究や経験則に基づいても学級経営に教師の在り方は欠かせないと思われます。どんな教師が良いのかというのはそれだけで本が書けてしまうので一度おいておきます。
「鏡は先に笑わない」という言葉のように、まずは学級担任である教師に活気があり、いきいきと子どもたちの前に立っているのは大切な要素の1つだと思います。
②教師と子ども、子どもと子どもの関係性はどうか
学級をチームととらえると、チームの大きな要素として「人間関係」は欠かせません。それは子ども同士だけでなく、教師と子どもの人間関係ももちろんあります。
(1)教師と子どもの関係
「何を言うかではなく、誰が言うか」というのが日本的な文化では大切にされる側面があり、教師がその「誰が」になれるかというところも大切であると述べられています。
では教師と子どもの人間関係をどう見るかと言われれば、以下のポイントで見ることもあります。
・1人1人と雑談が出来るか
・おしゃべりの量
特に1つ目の雑談ができるか、は教師と子どもの人間関係を考える上で非常に重要な要素であると思います。子ども1人1人に雑談のネタがあるか、子どもから教師に雑談を始められるかなど、「雑談」にこそ人間関係のポイントがあると思っています。そしておしゃべりの量ですが、多ければいいというわけではありませんが、授業でも休み時間でも教師と子どもがたくさんおしゃべりをしているというのはやはり教師と子どもの関係ができていると思います。
(2)子ども同士の人間関係
子ども同士の人間関係は学級経営に大きな部分を占めるように思います。つながりの薄い学級では授業などが機能しづらいという感じです。人間関係こそが、すべての土台になり得ると言ってもいいかもしれません。しかし昨今の社会では新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、つながりを絶たれ、つながりをつくる体験やスキルを磨く経験が少なくなったように感じます。そんなつながる機会も手だても失ってしまっては、無策で放っておいても子どもたちのつながりは狭いもの、薄いものになるのではないでしょうか。少々極端な話になりましたが、だからこそ教師が教育活動の中で意図的につなげる必要があるのかもしれません。
では子どもの人間関係を見て、どうつないでいけばいいのか。人間関係は1つの見方で分かるものではなく、仲良しグループの在り方であったり、休み時間の過ごし方であったり、授業の課題解決場面であったり・・・様々な切り取り方・要素があり実際のところ複雑怪奇です。大人から子どもまで人間関係で悩むことも少なくありません。アドラー心理学でも「人間のすべての悩みは人間関係」というほどです。
どうつなげるかについて、これも様々な実践がありますが、私としては一番分かりやすく取り組みやすいのは学級ゲームです。学級ゲームについてはこのブログでいっぱい書いていますので、ぜひ参考になさってください。
人間関係に正解はないですし、ここまでできていればOKなんてこともありません。しかし学級の土台としての人間関係を考えるとき、正解がないというのを念頭に置きつつ、子どもたちと「どんな関係でありたいか」「安心して過ごすためには」と考え続けることが大切なのかもしれません。
③自浄作用が働いているか
自浄作用というと難しいかもしれません。ここで言うところの自浄作用とは「自分たちの課題を見つけ、協同的に解決できるか」ということです。
課題を見つける→解決策を考える→行動に移す→振り返る→課題を見つける…
というサイクルのイメージです。クラス会議や学級会、KPT法を活用した話し合いなど方法は何でもよいですし、子どもたちが自分たちで解決できる術を持っていればプログラム化しなくても良いと思っています。私はほぼ毎年クラス会議をしていますが、実は何回かしていない年もあり、ある年は「先生!クラス会議は時間がかかりすぎる!普通に自分たちで決めたい!」という主張があり、潔くやめることをしました。そしてクラス会議をしなくなってもその学級はうまくいきました。つまり、いろんな形があっていいいうことです。
自浄作用があると何が良いかと言われれば、子どもたちの学級への当事者意識が高まること、トラブルに強くなること、自治能力が向上することなどがあります。研究論文などを見ると、もっと様々な効果もありますが、こういうサイクルがあるかどうかは学級経営の大きな分かれ道であると私は考えています。
④教室は整っているか
教室がきれいで整っているかというのは実は学級経営を語る上で大切なことです。
「学級が落ち着きません…」と相談を受けることがありますが、まず教室の様子を見に行きます。すると教室環境が荒れていることが多くあります。
学級や教室が荒れていると感じるとき最も分かりやすく、簡単にできるのは「教室をきれいにすること」です。荒れているかどうかは以下のポイントで見てもよいでしょう。
・ごみが落ちていないか。
・机やいすは整っているか。
・棚や本棚など共用が乱れていないか。
・掲示物が曲がっていないか。
などがあります。私は普段、子どもたちが来る前と放課後に簡単な掃除と整頓をしています。子どもたちも帰りの会でごみを拾うこともあります。子どもたちが気付き、行動に移せるのが良いですが、まずは教師が教室をきれいに整えることが重要だと思っています。
⑤掲示物は機能しているか
私は掲示物などを作るのが大好きで、学習の足跡や普段の積み重ね、はたまた毎週のクイズや子どもたちの面白い写真集だなどを掲示物として作っています。
そこで気を付けていることがあります。それは
掲示物が機能しているか
ということです。逆のことを言えば「掲示物が役に立たない飾りになっている」ということです。かつての研修会で講師の方が「1年間同じ掲示物が貼ってあるのは教師の敗北だ」と言っていました。そこまでは思いませんが、私の言いたいところに通ずるところもあります。
自分が掲示物を作るときに「子どもが役立てるか」「何かの指標になるか」「楽しめるか」などを考えながら作るようにしています。そうでないのなら作りませんし、役目が終わったものはすぐに外すようにしいています。そして作ったからには「忘れた人はあそこを見ると…」とか「みんなで考えたきまりってあの掲示物にありますよね。確認のために見てみよう」と使うようにしています。
他の学級を見に行くときも、そこを気にしてみることがあります。研究授業などで掲示物に力を入れる先生もいますが、その掲示物がどんな効果を生み出すのか、どうやって使うのかというのも1つの視点になるのではないでしょうか。
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